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20世紀まで長らく囲碁最強国の座を占めてきた日本の影が薄い。今世紀に入り頂点に立った中国に大きく水をあけられている。なぜ中国は強いのか。日本は巻き返せるのか。両国の囲碁事情に通じる日本棋院の孔令文七段に聞いた。
――「レジャー白書」によると、日本の囲碁人口は200万人を切りました。中国はどうですか。
「スポーツ紙など各種調査で3千万~5千万人とされています。現地の熱気を知る立場からするとかけ離れた数字とは思いません」
――人気のきっかけが1984年に始まった日中対抗団体勝ち抜き戦「日中スーパー囲碁」といいます。
「それまで交流対局だった日本と中国が初めて真剣勝負の対抗戦に臨み、第1回から3回連続で中国が制しました。最強の日本に勝って国中が熱狂しました。主将だった私の父(聶衛平九段)は全部勝って『鉄のゴールキーパー』とたたえられ、中国で最も名誉あるスポーツ賞を受けました」
――それから囲碁を始める人が爆発的に増えた。
「子どもの習い事のトップ3に入るでしょう。数千人規模の囲碁教室もあります。上海の免状を発行する大会には毎月1万人以上が応募します。アマチュア棋戦も盛んで、一昨年に優勝賞金1千万円の大会がありました。プロ棋士のライセンスを返上してアマ棋戦で稼ぐ人もいるほどです」
――プロ棋戦でも世界タイトルの大半を中国が占めています。
「中国は国内棋戦の日程をずらしてでも世界戦を優先します。全国から男女のトップ棋士、期待の若手合わせて40人弱を北京に集め、ナショナルチームを編成し、毎日AIを駆使して集団研究しています。チームは毎年改編し、無名棋士がトップクラスに躍り出ることも珍しくありません」
――中国トップ棋士は10~20代。30代になると引退といわれます。日本トップの井山裕太四冠は30歳。日本に比べて断然若い。
「中国は囲碁を芸よりもスポーツととらえ、徹底して勝負にこだわります。勝負事は集中力とか読みの力とかが勝利に結びつきやすい。それが現実でしょう。加えて日本からみると、想像を絶する体力が求められます。21歳で中国ナンバーワンの柯潔(かけつ)九段は今春、日本や中国をまたにかけて19日間で15局打ちました。日本の棋士は多くて月に4、5局。日本と中国とで、まるで違う種目のように対局リズムが異なります」
――日本が世界のメジャータイトルから遠ざかって14年。井山さんもなかなか手が届きません。
「中国には柯九段をはじめ、世界トップクラスが30人はいる。韓国にも朴廷桓(パクジョンファン)九段という26歳の天才がいる。井山さんが彼らに劣るとは思えないが、すべてを勝ち抜き頂点に立つのはかなりたいへんです。新たな強敵もどんどん出てくる。年齢的にみても、厳しくなっていくのは間違いない」
――井山さんに続く若手はどうですか。
「6月に中国で2番目にレベルが高い団体戦『乙級リーグ』に、芝野虎丸七段ら日本の若手トップ棋士4人が参加し、全員4勝4敗でした。私も同行しましたが、相手の多くは見たことも聞いたこともない棋士でした。中国の無名棋士に日本のトップ棋士が敗れる現実を直視すべきです」
――日本復権の課題は。
「近年のAIの登場で、囲碁の考え方はものすごいスピードで進化しています。中韓はそれについていっている。日本は追いついていないように映ります。個々の棋士は努力していますが、組織として研究強化し、人材を育てるシステムが確立されていない。10歳の仲邑菫初段を『英才枠』でプロの世界に迎えたのは間違っていない。ただ、これからが大事です。天才をどう育て、大成させるか。育成選手として彼女を迎えた日本のナショナルチームに期待します」